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21世紀の「学問の鉄人」シリーズ

受験勉強は、実はけっこう役に立つ~本気で勉強したからこそ見えてきたこと

中野 剛志(評論家)


(2)受験勉強は、アカデミックな思考法の訓練の場だ!

 

受験勉強をもっとやっておけばよかったと思うほど


もう一つは、受験勉強ってこんなにやっていて役に立つのかなと疑問に思うと思うんですね。世間ではけっこう揶揄されることもあると思うんです。受験勉強は役に立たないとか、英語なんてあんなにやっても実は使えないだとか―それらは都市伝説です。けっこう役に立ちますよ。いや、かなり決定的に役に立つんですよ。もっとやっとけばよかったと今でも思います。これは私だけじゃなくて、もっと偉い方々も言っています。例えば、この前、東大の松原隆一郎教授と話したんです。彼は東大柔道部の部長で、めちゃくちゃ武道が強い。彼は、受験生のお子さんがいて、受験勉強を教えてあげたそうです。そこで、やはり若い時に勉強をすることは重要だと言っていました。私も今考えると、自分の人生選択に決定的だったと思います。ですから、大学に入った後に何をしますか、というお話ではなく、その前の受験勉強のお話をしたほうがいいかな。ここは河合塾だし(笑)。

 

英語読解は思考法が身に付く


まず英語からしましょうか。英語の中でも、読みとか書きとか、特に読解ですね、受験の問題というのは、大学教授が作成していますから、一流の論文であったり、エッセーであったりします。あれを読めるということは、思考法というものが身に付くんです。英語論文というものは、欧米系の思考パターンを学ぶことができるんです。私は30歳のときにスコットランドのエディンバラ大学に留学して博士号を取ったのですが、その時、その思考法がすごく役に立ったんですよ。

 

一つ例を上げると、英語の文章とはAという考え方を書く、そして次にBという考え方を書く。Bという考え方はAという考え方の逆なんですね。二つ書くわけです。次にBがどのように間違っているのかということを書くんです。つまり、自分の意見ばかり言うのではなく、反対の意見をうまく要約することで、その弱点を叩くんです。そうすると、とても説得力がある。「お前の言うことは、分かるよ、でもここが間違っているじゃん」と。欧米人は議論がうまいとよく言われますよね。それには、そのような思考法があるからなんです。そして大学受験の中に、そのような思考法が練り込まれているんです。自然体で論証のしかたを学ぶ機会というのは、なかなかないです。ただ、英語がベラベラしゃべれればいいわけではなく、そのようにしゃべれば、「お主やるな」という風に、国際的に通用するんです。私は、英語は話すのも苦手で、聞くのはもっと苦手です。日本語もですが(笑)。だけど、留学していてけっこう通用しました。

 

その秘密というのは、論理的な思考のしかたというものがあって、最初にそれに触れたのって大学受験だと思い返しました。私の場合は、そこで終わりにしないで、大学に入ってからもそれをずっと続けました。そして、留学したのが3033歳で、その後は英語の本しか読んでないです。それは、さっきから言っているように、英語がしゃべれるようにするというわけではなく、思考法を身に付けるためです。

 

英語には使う人の国や地域の特性や文化が出る

-中国人は自分の意見を主張する


面白い話があります。英語は、使う人の国や地域によってそれぞれ特徴があるんです。そして、イギリスでは、それぞれにどのような特徴があるかというのがデータ化されているんです。そこで、私が言われたのは、「日本人の英語というのは短かすぎる『dense』だから、もっと長く色んな言い方を変えて『expand』で話せ」ということです。確かに日本は、俳句の文化があるように、ダラダラと話すのがみっともない。一言でいうとかっこいい。このような話し方というのは欧米人をイライラさせるだけなんです。欧米人のカッコよさというのは、もっと巧みな言い方で、「例えば…」とか、「言いかえると…」という方法を使うんです。

 

また、中国人に英語を教える時に困ったことがあったそうなんです。その人は読みも書きも何でもできるのに、大学で読むような論文となると、途端に読めなくなる。それで、イギリス人の先生たちが「何でだろう」ということで、寄ってたかって研究したんです。それで分かったのは、さっき言ったように、Aという考え方がまずあって、次にBに反する考え方をあげて、そしてBの考え方の欠点をあげつらってAを正当化するという欧米のアカデミックライティングが、中国人の留学生には理解できない。Aという考え方が出てきて、Bという考え方が出てくると、「さっきと言っていることが違うじゃないか」となって、そこで思考が停止する。どうして停止するのかというと、中国の文化では、自分の意見以外を出すということは自分の弱みを出すことになるらしく、とにかく自分の意見を言って押しまくるんです。例えば、「尖閣は我が領土だ」というみたいに。ところが、これが「あなたがたはこう言っているけどさ…」と言うと、中国では途端に議論に負けるんです。

 

そこで、イギリスの先生たちが欧米流の思考法を教えてあげたら、さすがにもともと頭がいいものですから、それ以降はその思考法もマスターして難なく大学で勉強できたそうなんです。これは実に面白い話で、やはりそういうアカデミックな思考法を初めて学ぶのは大学受験の時なんです。だから、大学に入るためというよりは、本当の意味で大学に入って一流の研究をして、日本を背負って立つかということが試されているんですよ。私がそれに気付いたのは30になってからです。最初から言ってくれればもっと勉強したのに、と思いました(笑)。

 

現代文 -受験の時、「面白いこと言うな」と思った先生の文章を大学に入ってから読んだ


私が実感したのは、英語も大事ですが、現代文も同じように大事だということです。あれは大学の先生が一流の文章を選ぶんです。私は文系で、短い文章を読むのが好きでした。さらに、出典とか調べて、読みたいなと思ったものは大学に入ってから読みました。あるいは、それを書いた先生が大学にいたりしたらドキドキもので、実際私に決定的な影響を与えた先生もそうでした。理系でもそれは言えると思います。高校生の段階で、自分が何に向いているということなんて、分からなくて当たり前です。自分がまだできていないんだから。それなのに、仕事や学部を選ばなきゃいけない。無茶ぶりですよね(笑)。でも、それは誰でも同じことで、だから事前に可能性を広げていろいろと学ぶということが大事です。大学受験というのは、大学に入る、ということで動機付けして、広く学ばせているんでしょうね。私の場合は、受験の時に「面白いこと言うな」と思った先生の文章を大学に入ってから読んでいたら、たまたまその先生がいて、門を叩いて、教えを請うたら、その後いろいろと影響を受けました。

 

プロフィール

中野 剛志(なかの たけし)

評論家

 

2010年~2012年京都大学准教授。 1971年生まれ。高校時代に円高不況で、実家の家業が打撃を受けたことから世の中の仕組みの解明に目覚め、そのためには正しいことを教えてくれる立派な先生がいる大学へ、と東大を目指す。浪人中に河合塾の小論文指導で出会った、当時東大院生の松浦正孝先生(現 立教大学法学部教授)に学問の真髄を教えられ、東大教養学部を勧められたことが現在につながる。「TPP亡国論」(集英社新書)等の著書やテレビの解説で、明快なTPP批判を展開する。西部邁先生の私塾に通っていた時は、「社会に出たら上司とケンカするな」と口酸っぱく言われたという逸話も。

 


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