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プリゴジン暗殺に「アフリカ利権」の影 旧仏植民地諸国を狙い撃ち【解説委員室から】

2023年08月30日11時15分

 ロシア民間軍事会社「ワグネル」の指導者、プリゴジン氏らの衝撃的な航空事故死の謎を解く鍵の一つは、アフリカ利権をめぐる政権との暗闘にありそうだ。ワグネル幹部の一掃で、今後はロシアが国家ぐるみでアフリカの紛争地域に武力進出する可能性がある。(拓殖大学特任教授、元時事通信モスクワ支局長 名越健郎)

アフリカ歴訪直後に墜落

 プーチン大統領は8月24日、プリゴジン氏の死に弔意を示した際、「彼はわが国だけでなく、海外、特にアフリカで働いた。石油、ガス、貴金属、宝石の事業に携わった。私の知る限り、昨日、彼はアフリカから戻り、モスクワで何人かの関係者と会ったところだ」と述べていた。

 ワグネル幹部はその直前、中央アフリカ共和国やマリを訪れて各国首脳と会談。「活動を続けてアフリカを自由にする」と述べたのが、プリゴジン氏の最後のビデオメッセージだった。6月の反乱でベラルーシに拠点を移した後、アフリカでの活動に集中する意欲を示した。

 ワグネルはアフリカの10カ国で活動し、約5000人の傭兵部隊を派遣。天然資源や採掘権へのアクセスと引き換えに、要人警護や武器提供を行い、アフリカでの収益はこれまでに2億5000万ドル相当(英紙フィナンシャル・タイムズ)と推定されている。

 ロシアの独立系ネットメディア「重要な歴史」(8月25日)は、プリゴジン氏らがアフリカに出掛けたのは、ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)が国防省系列の民間軍事会社にアフリカへの傭兵部隊募集を開始させたことが発端で、利権闘争が背後にあったと報じた。

 プリゴジン氏らはアフリカ利権を温存しようとし、各国首脳に従来の関係維持を求めたという。

 一行は帰国後、モスクワでGRU幹部と協議し、その直後に情報機関が自家用機に爆弾を仕掛けた可能性があると「重要な歴史」は示唆している。

ワグネル幹部を一網打尽

 6月のワグネルの反乱収拾後、プーチン政権は膨大なアフリカ利権をワグネルから奪おうとし、ロシア外務省幹部が関係諸国を歴訪していた。

 プーチン大統領は7月にサンクトペテルブルクで開いたロシア・アフリカ首脳会議の非公式の場で、ワグネルと距離を置くようアフリカ首脳に要請。GRUのアンドレイ・アベリヤノフ将軍を隣に座らせ、「ロシア政府の新しいアフリカ担当」と紹介したという。

 これに対し、プリゴジン氏は首脳会議の会場に現れて各国首脳と接触、大統領の構想を妨害しようとした形跡がある。

 墜落機には、アフリカの傭兵部隊を管轄したワグネルのナンバー2、ウトキン氏やビジネスを担当したナンバー3のチェカロフ氏も同乗しており、ワグネル指導部を一網打尽にする狙いがあったかもしれない。

 ラブロフ外相は「ワグネルの活動をロシア政府が引き継ぐことが重要だ」と述べており、今後は政権が前面に出る方針を示唆した。

ロシア軍が利権を掌握へ

 プーチン大統領は首脳会議で、「ソ連時代からのアフリカとの伝統的な友好関係」を強調したが、プーチン体制下のアフリカ進出はソ連時代とは大きく異なっている。

 旧ソ連は「民族解放」というイデオロギーを掲げ、経済援助をてこにアフリカに進出。多数の経済顧問団が駐在して近代化を手助けした。

 これに対し、ワグネルは紛争地帯で一方の側に肩入れし、武器援助や軍事教練、政権の警護を行って資源利権を獲得した。今後はワグネルに代わって正規軍や軍情報機関が進出し、内戦や政権不安定に乗じて利権を維持するようだ。

 ロシアのアフリカ専門家、イワン・ロシュカリョフ国際関係大学教授は「不安定な西アフリカ地域で、ロシア国防省が直接的なプレゼンスを展開しようとしている」と指摘した。

 ウクライナ戦争で国際的に孤立するロシアは、アフリカ進出でグローバルサウスを味方に付け、西側への外交的巻き返しを狙っているようだ。

西アフリカがテロの温床

 アフリカの紛争地域は、7月に軍事クーデターが起きたニジェールやマリ、中央アフリカ、ブルキナファソなど旧仏植民地が多く、ワグネルはこれらの紛争地域に武力介入し、内戦を利用して漁夫の利を得てきた。

 資源の豊富な西アフリカでは、ワグネルが偽情報を拡散して反仏感情を煽ったため、フランス軍駐留拠点や仏大使館へのデモや爆発事件が頻発。マクロン仏大統領は今年初め、「フランスは旧植民地諸国への影響力を失った」と述べていた。

 軍部が実権を握ったニジェールでは、国際テロ組織、アルカイダやイスラム教過激組織が暗躍し、新たな「テロの温床」になると伝えられる。

プーチン政権はワグネルを無力化し、その利権を奪ってアフリカで反欧米闘争を拡大、資源利権の確保を狙いそうだ。

アフリカ利権で中ロ対立も

 アフリカ利権をめぐっては、ロシアは今後、中国と対立するかもしれない。

 中国は「一帯一路」に沿ってアフリカ進出を強化。アフリカ全土に約100万人が駐留し、各国でインフラ建設や経済援助に当たっているという。

 米紙「ニューヨーク・タイムズ」によれば、今年3月、中国人技術者8人が中央アフリカのダイアモンド鉱山で殺害される事件が発生。中国側は鉱山の治安を担当するワグネルの部隊が犯人とみなしてロシア政府に抗議し、習近平国家主席の訪ロ前に関係が一時緊張したという。

 軍事力一辺倒のロシアの進出は、アフリカの混迷を一段と高める恐れがある。3年に1度のアフリカ開発会議(TICAD)で毎回官民合わせて数兆円の大盤振る舞いを進める日本政府も、現地事情を注視した慎重な援助外交が求められる。

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