将棋思考プロセス研究

By , 2010年6月11日 10:56 AM

6月10日に将棋思考プロセス研究のため、和光市にある理化学研究所に行ってきました。

とはいっても、私が研究するわけではなく、被験者になるためです。彼らは将棋指しの脳の研究をしています。棋力による脳活動の違いを見るために、プロ棋士とアマチュア棋士両者の協力が必要なのだそうです。アマチュアではだいたい初段以上を募集しており、ネットで応募してみると検査の協力依頼が来ました。

理化学研究所は自然に囲まれた所で、研究所内には池まであって、その畔で読書が出来るようになっています。とはいっても、たくさんの虫が襲ってくるので、優雅に読書とはいきませんが。

6月10日の検査は、ある局面をみて次の指し手を決める実験。10問前後解きましたが、1問プロとは全然違う結果になりました。その他の問題は全て、プロが指す手が自分の指し手の候補の中に入っており、嬉しく思いました。ただ、その候補の中から、プロと同じ指し手を選択できないことが数度あり、読みが浅かったかもしれません。いずれ fMRIや脳波を使った実験をしていくそうですが、今回はその前段階の実験でした。

私が神経内科の医師ということもあり、専門的な話で非常に盛り上がりました。彼らの実験の内容もかなり突っ込んだところまで教えてくださいましたが、まだ論文にされていないので、紹介は控えさせて頂きます。その代わり、会話の中から当たり障りがないところだけ紹介しておきます(本当は棋風と脳の活動部位とか面白かったのですけどね)。
・理研にあるのは 4.7Tの MRI。脳の一部を見るには非常に適しているが、磁場が強くなるほど空気と組織の間のアーチファクトが強くなる。従って、全脳ではアーチファクトが強すぎるので不評。全脳撮るには 3Tが一番綺麗。
・自動化された思考には基底核が関与しているらしい(私が「Parkinson病を発病すると将棋は弱くなるのか」と聞くと、興味深そうにしていました)。
・将棋にも critical piriodがありそう。
・チェスでは IQと実力の相関はないという論文がある (私が「高校の将棋大会成績上位は有名進学高ばかりだ」と聞くと、教育環境だとかの要素があるのかとおっしゃっていましたが、きちんと調べてみると違う結論が出るかもね・・・とも)
・将棋は音楽と違って varianceが小さいので、nが小さくてもスタディになる。
・チェスの研究は 1960-1980年代に盛んに行われたがその後下火になった。最近では fMRIなどのツールがあるので、将棋に影響を受けて、再び盛んにならないかと思っている。
・プロ棋士でも、自宅で手を抜いて将棋を指すと、たまにコンピューターに負けることはあるらしい。ただ、コンピューターは短時間で多くの手を読むのには強いが、評価関数に収束していくので、時間をかけてもそれ以上強くならない。一方で、人は時間をかけるほど深く読めるので、長時間では有利。コンピューター将棋の開発者は非常に焦っていて、羽生名人が現役のうちに名人に勝ちたいからなのだとか。
・プロは早指しでは駒の精算が終わった所くらいまでの局面を一つの単位として読む。長時間の将棋ではその先を掘り下げるらしい。
・あることを習熟するのには 10年間続ける必要がある。医師が独り立ち出来るには卒後 10年と言われるのと同じで、将棋指しもプロになるには、将棋を覚えて約 10年はかかる。

最後には、協力してくれたプロ棋士達の色紙を見せてくださいましたが、30枚くらいありました(羽生名人と渡辺竜王が竜王戦戦った直後のそれぞれの色紙とか!)。みんな字が綺麗だなぁと感想を述べると、将棋連盟に書道部があって、プロ棋士はそこで練習しているのだと教えてくださいました。

我々がそんな話を語っている最中に、タイムリーに新聞にその話題が紹介されたので引用しておきます。何たる奇遇。

 無意識のパワー…重ねる経験、直観の源
脳の奥「線条体」に秘密

仕事でも趣味でも、その道の達人は、どうやら脳の〈無意識のパワー〉を使っているようなのです。どうしたら、そんな力が発揮できるようになるのでしょうか?(館林牧子)

プロの将棋の棋士は、盤上に並ぶ駒を見た瞬間、次の一手が思い浮かぶという。なぜこんなことが可能なのだろうか。

理化学研究所脳科学総合研究センター(埼玉県和光市)では、羽生善治名人ら棋士の脳活動を研究している。詰め将棋の問題を見せ、1秒間で答えを出してもらう。機能的MRI(磁気共鳴画像装置)という機械で、脳血流の変化を調べる。

すると、アマチュアの棋士では、思考や判断など知的な作業を担う「大脳皮質」が活発に働いたのに対し、プロの棋士では、脳の「線条体」という部分がよく活動していた。

線条体は、ピアノの鍵盤やパソコンのキーを打つなど「体が覚えた行動」を行う時に活性化する。アマチュアは、大脳皮質だけを使って「意識的に考える」のに対し、プロは、線条体という無意識の回路を駆使して「直観的に思いつく」らしい。

副センター長の田中啓治さんは「線条体には、脳のどこかに蓄積された過去の経験の中から、最適な答えを瞬時に引き出す力があるのではないか」とみる。

積み重ねた経験こそが直観の源泉であり、「努力こそ達人への道」と田中さん。私たちも、まず目の前の勉強や仕事に打ち込み、経験を積むことが大切だと言えそうだ。

線条体にはもう一つ、別の特徴もある。動物の場合、食べ物などの報酬を得た時に活性化するのだ。

愛知県岡崎市の生理学研究所教授の定藤規弘さんたちは、この働きに注目。機能的MRIで人の脳を測定した結果、「あなたは信頼できる」など、ほめられた時に線条体が活性化することを、世界で初めて発見した。ほめられると人の脳は喜びを感じ、食べ物のように「報酬」として受け取るわけだ。

さらに、理化学研究所分子イメージング科学研究センター(神戸市)の渡辺恭良さん、水野敬さんたちは、問題を解くと色が変わり、達成感を得られるゲームを作成。普段、学習意欲の高い人ほど、問題を解く時に線条体が活発に働き、働きが活発なほど、短時間で解答できることを見つけた。

「親密な人から認められることと学習意欲には関連があるとされている。ほめること、やる気、達成感は、学習に良い影響を与えるのではないか」と水野さん。

これらの脳科学研究は始まったばかり。さらに研究が必要だが、私たちは、無意識レベルの脳の活動に大きな影響を受けているのは間違いなさそうだ。

日々、目の前の課題に全力で取り組む。周囲はその努力をほめ、やる気や達成感を持たせる。これであなたも、無意識のパワーが全開できる、かもしれない!?


線条体
大脳の底にある大脳基底核の一部。運動機能や報酬への関与が知られているが、詳しい働きはまだわかっていない。
(2010年6月10日 読売新聞)


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