聖ネデリャ教会襲撃事件

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襲撃によって破壊された大聖堂

聖ネデリャ教会襲撃事件(せいネデリャきょうかいしゅうげきじけん、Атентат в църквата „Света Неделя“ / Atentat v tsarkvata "Sveta Nedelya")は、1925年4月16日ブルガリアでおきたテロ事件

概要[編集]

1925年4月14日、ブルガリアの国会議員でもある将軍コンスタンティン・ゲオルギエフКонстантин Георгиев)が暗殺され、その葬儀が4月16日に 聖ネデリャ教会教会で行われた。午後3時、葬儀の最中に爆弾が爆発。参列していた将軍や前大臣ら[1]150人が死亡、首相や内相ら500人が負傷した。教会の屋根裏、主ドームを支える柱の一本に設置された25kgの爆発物のため、教会の聖堂は倒壊した。首謀者はブルガリア共産党 (BKP)。

脚注[編集]

  1. ^ 「ソフィアの大聖堂で爆弾爆発」『東京朝日新聞』1925年4月19日夕刊(大正ニュース事典編纂委員会 『大正ニュース事典第7巻 大正14年-大正15年』本編p.630 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)