医学への道

By , 2010年6月7日 7:36 AM

科学随筆文庫というのがあり、その第26巻は「医学への道」という表題がつけられています。この本には「安騎東野」「木下杢太郎」「宮木高明」諸氏の随筆が収録されています。

安騎東野(あんきとうや)先生は、本名を宮本璋といい、東京大学医学部に進学後、生化学の分野に進み、ドイツのカイザー・ウィルヘルム研究所のデバイ教授に師事しています。帰国後東京医科歯科大学教授となり、昭和34年まで医学部長を務めました。

「D教授の言葉」というエッセイは、科学研究に対する姿勢についてですが、導入は笑い話。そこから D教授の言葉にスポットが当てられ、科学研究をする上で大切なことが述べられます。D教授 – おそらくデバイ教授ですが – の言葉を引用しておきます。

 D教授の言葉(安騎東野)

科学というものは常に現象からはじめなければいけないと私は思うのです。もちろんそんなことを新らしく言えば、君はあたり前だと言って笑うかもしれない。しかし時にそれが笑いごとでない場合があるのです。と言うのは往々若い科学者は、自分の眼で見た印象と、文献で読んだ知識とを混合するのです。しかし、もしある科学者が彼の文献で読んだ知識と、自分の眼で見た現象とを同等に評価するようになったならば、私はその科学者の生命はもうその時終わったものと考えるのです。科学者は常に現象の発見からはじめて行かなければならないと思う。それから、すぐそれについて考えてみて、研究をすべきだと思うのです。私は決して科学者に文献を読むなと言うのではありません。ただ私だけの考えでは科学者の文献を読む時期が問題なのです。

この話は、「神経学の源流2 ラモニ・カハール (萬年甫訳、東京大学出版会)」でも冒頭に引用されています。よっぽど重要な話です。

向日葵というエッセイでは、ドイツで向日葵が多い理由に触れています。ドイツは第一次大戦で凄まじいな封鎖を食らいました。ハンガリーの小麦とデンマークの農産物で食いつなぎはしましたが、脂肪が不足して困ったのです。生臭い魚油の劣等品に水素を添加してマーガリンを作ったり対策しましたが、そこで向日葵に眼が付けられたらしいです。 この昭和15年に書かれたエッセイでは、日本での向日葵の栽培について検討しています。時代を感じさせる話です。

歩行者というエッセイでは、安騎東野先生がウィーンのベートーヴェン・ハウスを歴訪した話が触れられています。私も過去に訪れており、親近感を感じました。その地を歩いてみて、体感するというのは非常に大事なことです。このエッセイの締めの台詞が強烈に格好良いので紹介しておきます。

 歩行者(安騎東野)

もし周遊自動車の全行程を、足で歩くだけの余裕がないというならば、たとえ一カ所でも、二カ所でも歩きたいのだ。

頭で学問をするのは御勝手である。が私は同じ信念の人達と、身体で、手で、足で、学問がしたい。冷たい水で壜を洗い、ガラス棒でかきまわし、眼で見、舌でなめ、重い薬壜を振り廻し、指先の繊細な感覚で目盛を合わせ、腕を組んでは、諤々と論じ合い、頭を抑えつつ実験室の中を歩き廻ってものを考え、そして互いに信じ合い、愛し合い、助け合って、そうして一生が終れたらほんとに言うことはないと思う。これははたして理想家の空想だけなのだろうか。

安騎東野先生の次は、木下杢太郎先生です。彼は皮膚科医であり医学部教授を務めた一方で、有名な詩人でもあり、高校レベルで習う文学史に名前が登場します。ただ、この本に収録されたエッセイに関しては、あまり私には合いませんでした。現実を離れたところに心を羽ばたかせ、あるいは心象の世界で遊ぶといった随筆ではなかったからです。ただ、「研究室裏の空想」というエッセイの締めには笑ってしまいました。「僕の空想もこれでおしまいになった。やれやれ厄介な事であった。初めに書いた表題は内容にそぐわなくなったが、別のを考えるのも面倒臭いからこれで我慢していただこう。自分が好きで書く場合は別だが、今後は原稿を頼まないでください」という文章で終わるのですが、ぶっちゃけすぎです(笑)

最後は宮木高明先生です。彼は東京大学薬学科を卒業し、千葉医大教授となっています。本書の中では、私にとって彼の随筆が一番面白かったです。

彼の項で最初に置かれたエッセイのタイトルが「ばかにつける薬」なのですから、タイトルだけで引き込まれるというものです。グルタミン酸の話題から始まり、最後は快楽のため催眠剤に溺れる人にまで話がとんで、このような人を指して「つまりバカな人たちが少なくないのである」という文章が出てきて、グルタミン酸の話に戻って終わり。話が結構脱線する一方で、そこから新しい随想が浮かび、最後はそれらがリンクして終了という、面白いエッセイでした。

「カビに悩むペンギン」の話は、ペンギンのアスペルギロージスがテーマでした。我々が現在悩まされる菌交代症が、昭和35年のエッセイに登場していることに驚きました。このエッセイでの表現では、「交代菌症なる病気は、要するに病原菌が相変わりまして登場、ということなのである」と表現されています。彼は薬学者であったためか、抗菌薬に関するエッセイが本書にいくつも登場します。例えば「未来のくすり」「結核菌を溶かす蛾」「人工時代の弁」「土と薬」「かび」「おかみさんの秘薬」などです。戦後間もない時期の微生物研究の香りがただよってくるエッセイが多く、非常に楽しめました。

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