タクシーの後部座敷に設置されたアルフィの顔検出タブレット。
Alfi
ヨーロッパの一部の地域やアメリカでタクシーに乗ると、あなたの感情が読み取られていることに気づくかもしれない。
米大手配車サービスのウーバー(Uber)、リフト(Lyft)、イギリスのベルファストの大手タクシー会社、バリュー・キャブス(Value Cabs)の後部座席に広告タブレットが設置された。このタブレットは、インタラクティブ(双方向性型)ゲームができたり、観光案内や映画の予告編、広告などが流れ、すべてに対する乗客の反応をモニタリングしている。
その技術を開発した米フロリダ州に拠点を置くアルフィ(Alfi)によると、アルフィの端末や広告掲示板は、コンピュータービジョン(物体を識別し、ビジュアル情報を解釈する技術)と機械学習を使い、感情を表す目の周りなどの「顔のわず僅かな動き」を読み取っている。
個人の識別にはつながらないものの、年齢や性別、感情を推定できる。広告主はリアルタイムで端末からデータを受け取り、乗客の反応に応じて表示コンテンツを切り替えられる仕組みだ。タブレット画面では乗客からポジティブな反応があるまで、広告が繰り返し流されるという。
テックメディアのマザーボード(Motherboard)によると、まず、米フロリダ州のウーバーとリフトの車両1万台にこれらのタブレットが搭載され始めている。ベルファストのバリュー・キャブスも自社が保有するタクシー800台すべてに配備すると発表した。また空港や商業施設では、アルフィの技術がすでに活用されている。
ウーバーとリフトが以前ブルームバーグに語ったところによると、2社はアルフィと直接取引はしておらず、個人的にタブレットを設置したドライバーに対し、プライバシー保護法を順守するよう求めていた。アルフィはドライバーと直接契約を交わし、タクシーの乗客が広告に反応すると、ドライバーは1カ月で最大350ドル稼げるという。
顔検出は顔認証とは異なり、規制はグレーゾーン
アルフィが使用しているのは顔検出(facial detection)技術だ。顔を見分けられるが、識別はしない。
「顔検証は、人物の顔を検出し、顔から性別や年齢、表情、視線がどこに向いているかなどの基本情報を認識できるよう新たに開発された技術です。しかし顔認証とは違い、個人を特定することはできません」と話すのは、オスロ大学コンピューターズ・アンド・ロー・ノルウェーリサーチセンターのピーター・アレクサンダー・アールズ・デイビス(Peter Alexander Earls Davis)研究員だ。
キヤノン中国では、印刷する際に「笑顔認証」システムに笑顔を見せなければいけない。
Canon Information Technology
同様の技術はさまざまな分野で活用されている。イギリスのユニリーバ(Unilever)は採用面接で感情認識AIを使っている。また、ダブリンシティ大学で導入されたアプリは、オンライン授業を受ける学生の顔を検出し、その視線から彼らがどのくらい集中しているかを測定している。
このような技術が法律に抵触するのかどうか、少なくともヨーロッパではグレーゾーンだ。
ヨーロッパでは顔認証はすでに厳しく規制されており、大量の生体情報を自動的に取得することは、厳格に管理されている。しかし顔検出に関しては同様の法整備が整っていない。
アルフィの創業者でありCEOのポール・ペレイラ(Paul Pereira)は、ヨーロッパのプライバシー保護法が同社の技術に適用されるとは考えていない。彼らが広告を流す時に「個人情報を取得することはない」からだ。個人のデータや画像は保存されないという。
「オプトイン(個人情報を収集・利用する場合、事前に本人の許可を得ること)は必要ありません。個人特有の情報や個人を特定できるようなデータはまったく取得していないからです」と話した。
一方、デイビスは、顔検出の技術はプライバシー保護法の適用範囲になるのではないかと主張する。
しかし顔検出で人物が特定できるとするかどうかは、行政機関の判断次第だとデイビスは言う。
「現在、AIが読み取っているものは比較的基本的な属性データですが、今後、さらに私的な情報が収集されることも考えられます。例えば身長、体重、肌の色、宗教服などの服装、髪型などです」とデイビスは話した。
顔検出データを法律で規制すべきかどうかは国の規制当局によって意見が異なる。アイルランドのデータ保護委員会はデジタルサイネージ広告を規制の対象外と考えている一方で、オランダのデータ保護機関は逆の考えだ。顔検出は新たな技術分野であるため、「今後、そのデータを正しく解釈していくには時間がかかるでしょう」とデイビスは話した。
イギリスでは、個人特有の顔の形状は生体データにあたり規制の対象に
事業者は、取り扱うデータが個人データや生体データに該当するのか、「慎重に判断」する必要があると英国個人情報保護監督機関は言う。
同機関の広報担当者は、「事業者がターゲティング広告を配信するために、事前の同意を得ずにAIに個人の属性のデータを作らせるのは、プライバシーの侵害になりかねません。氏名が分からないからといって、個人データではないとは言えません」と話す。
ビデオカメラで撮影した映像は一般的には、個人データに該当すると広報担当者は言う。「顔の形状は個人特有のもので、そこに何らかの技術的な解析が入るものは、データ保護法上の生体データにあたります。生体データの取り扱いは厳しく規定されているので、事業者はデータを利用する際に、細心の注意を払わなければいけません」
国が顔検出データを規制するかどうかは、一般市民がその技術を批判するのか、または黙認するかなどで動向が変わるとデイビスは言う。
「市民のプライバシー保護に対する厳格な考え方がシフトすれば、規制は徐々に緩和される」とデイビスはみている。
(翻訳:西村敦子、編集:大門小百合)