“捨てられるはずの石鹸”が、命を救う。「Eco-Soap Bank」が作る、三方よしの循環経済

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2020年にはじまった、新型コロナウイルスの感染拡大。予防するために必要な行動のひとつが、石鹸で手をきちんと洗うこと。心がけさえすれば、ほとんどの人が難なく実行できることだ。

しかし、そう感じるのは、先進国と言われる国に住んでいるから。世界には、石鹸が高級品であるために手に入らず、手をきちんと洗えないことで引き起こされる病気によって命を落とす子どもたちが、大勢いる。

一方で、世界中の石鹸工場から廃棄される石鹸は、年間約2万5,000トン、固形石鹸にすると約2.5億個にものぼる。これらの石鹸は、まだ使用できるにもかかわらず、必要な人の手に渡ることはほとんどない。それどころか、ときには川や海に流れ出て、環境汚染の要因にもなっているという。

大量に石鹸が廃棄されているにもかかわらず、別の場所では石鹸を使えないことで命を落とす人々がいる──この状況を見過ごすことはできない。そんな想いで立ち上がったのが、一般社団法人Earth Companyの「インパクト・ヒーロー2022」に選出された、サミール・ラカーニさんだ。

サミールさんは、2014年にアメリカで非営利団体「Eco-Soap Bank」を創設。石鹸工場から出る廃棄予定の石鹸をリサイクルし、それを途上国で必要としている子どもたちや難民に配布、そして適切な衛生教育を普及させる活動を行っている。さらに同団体は、上記の2つの問題を同時に解決するのみならず、石鹸をリサイクルする「ソープメーカー」として、途上国に住む貧困の女性を雇用し、彼女たちの人生にも大きな変化を起こしている。

「石鹸が手に入らないことで苦しむ子どもを、これ以上出さないこと」

Eco-Soap Bankの立ち上げ以来、そのシンプルな目的に向かって、今なお活動を広げるため奔走するサミールさん。今回はそんな彼に、Eco-Soap Bankについて、そしてこの活動にかける想いについて、話を聞いた。

Eco-Soap Bank 創設者のサミール・ラカーニさん

サミール・ラカーニさん

1つの石鹸が、子どもたちの命を救う

サミールさんが大学生のときに訪れたカンボジアの農村部で目にした衝撃的な光景。それは、その地域に住む母親が、人体に有害な洗濯洗剤で赤ちゃんを洗っている様子だった。「固形石鹸は、高すぎて買えない」──母親は、そう話したという。

一方で、彼が宿泊していたホテルでは、数回使っただけの石鹸が毎日取り換えられる。その結果、毎日大量の石鹸が処分され、地域で環境汚染をも引き起こしていた。このホテルで捨てられている石鹸を必要としている人々に届けることで、環境も人々の健康も守ることができる。これに気づいたサミールさんは、すぐさまEco-Soap Bankを立ち上げた。

「ユニセフによると、約8億人の子どもたちが、学校で石鹸を使うことができない状態にあります。さらに、23億人もの人たちが、家庭で石鹸を使うことができない危機的な状況にあります。

これまで、石鹸、そして最も基本的なヘルスケアである手洗いは、重要であるにもかかわらず、その対処や教育が十分に行われてきませんでした。あなたの家族や子どもが、学校で石鹸や水を使えない状況を考えてみてください──しかし、これが世界の8億人の子どもたちの現実なのです。私は、これ以上その状況を見過ごすことはできませんでしたし、何かできるはずだと思ったのです」

手をきちんと洗うことで予防できる下痢症に罹る子どもの数は世界中で毎年約17億人にものぼり、そのうち52万5,000人の5歳未満の子どもたちが、毎年亡くなっている。幸い命を落とすことはなくても、病気で苦しんでいる間は学校に行くことができなくなる。そのため、衛生問題は学力の低下や慢性的な貧困の原因にもつながっているという。

廃棄予定の石鹸

石鹸工場から出る、リサイクル前の石鹸

Eco-Soap Bankは、カンボジアやネパールの他、アジア、アフリカなどの地域で活動。現在はアメリカ国内の石鹸工場から未使用の廃棄石鹸を回収し、雇用した女性たちの手でリサイクル。それを、それぞれの地域で活動するユニセフのような国際機関やNGOを通して配布し、衛生教育を行っている。

2014年の設立以来、これまでに約2,650万個の石鹸を3,500校以上の学校や難民キャンプ、合計640万人以上の人々に届けてきた。カンボジアでは、手洗いの頻度が45%増加したことも確認されているという。

衛生教育を受け、石鹸を受け取ったカンボジアの小学生たち

衛生教育を受け、石鹸を受け取ったカンボジアの小学生たち

Eco-Soap Bankでは、子どもたちがどこに住んでいても、いつでも石鹸を使えるようにすることが大切だと考え、学校での活動に重点を置いている。

「衛生教育を行うとき、Eco-Soap Bankが雇用している女性たち──“Hygiene Ambassadors(衛生大使)”が、子どもたちに楽しく衛生習慣を身につけさせるように工夫してくれています。例えば、ゲームや歌を歌いながら手洗いを教えたり、形や大きさといった石鹸の見た目も子どもたちの興味を惹くものにしたりして、彼らの記憶に長く残るようにしようとしています。

1つの石鹸の値段は、とても小さいものです。しかし、それで誰かの命を守ることができるのです」

色々な形の石鹸

ハートや星、動物の形に型どったEco-Soap bankの石鹸

Eco-Soap Bankとの出会いが、貧しかった女性たちの人生を切り開くきっかけに

Eco-Soap Bankの活動において重要な役割を果たしているのは、ソープメーカーとして雇用されている女性たちだ。団体では、これまでに154人の女性たちを雇用。優先的に雇用しているのは、安定的な雇用を得ることが難しい人たち──例えば、夫を亡くした女性や、障害を持っている女性、適切な教育を受けることができなかった女性たちだという。彼女たちの人生は、Eco-Soap Bankに出会ったことで大きく変わった。

Eco-Soap BankシエラレオネのHawa Mansarayさんは、そのひとりだ。彼女はシエラレオネ南方の小さな町で、大家族の中に生まれた。周りの子どもたちと同じように学校に行くことを夢見ていたが、彼女の家庭では、女の子は学校に行く機会を与えられず、代わりに一定の年齢になると、強制的に結婚させられることになっていた。Hawaさんも17歳のときに結婚させられ、一般的な教育を受けることができなかった。

そんな中彼女はEco-Soap Bankに出会い、安定した稼ぎを得て、家庭に収入を入れられるようになった。さらに、職業訓練によって基本的な計算や売り上げ管理といったスキルを身につけ、今では自宅で化粧品関連の会社を経営しているという。

彼女は、「Eco-Soap Bankで働いたことで、安定した収入だけではなく、人としての誇り、そして自分の力で人生を切り開く自信を得ることができた」と語っている(※)

ECONOMIC EMPOWERMENT REPORT 2021

女性たちが石鹸をリサイクルする様子

石鹸リサイクルの様子

サミールさんは、自身が落ち込んだときに今でもよく思い出すというカンボジアの女性Thearangさんについて、共有してくれた。彼女は、Eco-Soap Bankで初めて雇った女性だったという。

「彼女は家庭の事情から正規の教育をほとんど受けておらず、最初の面接を行った23歳のときには、私たちと視線を合わせないくらい恥ずかしがり屋でした。

しかし今では、Eco-Soap Bankのワークショップに奔走し、30人の従業員を管理し、パートナーとの打ち合わせに熱心に励んでいます。2019年には流通担当者に昇進し、より多くの石鹸を人々に届けるための活動を率先して行っています。夫を亡くしたことも含め、人生で多くの困難を経験したThearangさんですが、Eco-Soap Bankのソープメーカーになってからは、仕事と、共に働く女性たちとの関わりに安らぎを見出しています」

石鹸リサイクルの様子

石鹸リサイクルの様子

「私は、ソープメーカーとしてこの団体の基盤を作ってくれている素晴らしい女性たちと働けることを誇りに思っています。彼女たちは、自身の手によって自分たちのコミュニティに変革を起こしています。これは、とても美しいことですよね。私の仕事は、彼女たちを力づけ、より多くの子どもに石鹸を届けるのを助けること。彼女たちへの投資が世界を変えると、信じています」

誰もが身近な人のヒーローになれる

Eco-Soap Bankの活動に多くの人々を巻き込み、地球、女性、子どもたちにとって、“Win-Win-Win”の状況を作り出しているサミールさんは、まさにヒーローだ。そんな彼に、私たちはこれからどうアクションすべきか聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

「みなさん1人ひとりが、家族、友人、あるいはまだ出会っていない誰かにとって大切な存在であり、ヒーローなのです。私からのアドバイスは、どんな人にも親切にすること。そして、地球にも優しくあることです。私は常に、地球と人のために働きたいと考えています。その2つのどちらか一方が欠けても、世界は成り立たないからです」

Eco-Soap Bankの石鹸を受け取ったカンボジアの小学生たち

Eco-Soap Bankの石鹸を受け取ったカンボジアの小学生たち

「私たちの目標は、明確です。世界中で、4,000人の女性を雇用すること。そして、世界中全ての石鹸工場と協力し、毎年廃棄される2億5,000万個の石鹸を全てリサイクルすること。それによって、次の100万人の命を救うことです」

編集後記

今回の取材で印象的だったのは、サミールさんが全ての質問に、シンプルに、そして明確に答えてくれたことだ。

必要とされていない石鹸を、必要としている人に手渡し、子どもや難民の命を守る。Eco-Soap Bankの取り組みもミッションも、いたってシンプルで明確だ。しかし、そのシンプルな取り組みでこそ助けられる命が、この世界にはまだまだある。そんなことを再認識させられたインタビューだった。

Eco-Soap Bank従業員とサミールさん

現在Eco-Soap Bankは新たに、バングラディシュのロヒンギャ難民キャンプに石鹸を届けることに挑戦している。プロジェクトにあたり、5月16日までクラウドファンディングも実施中だ。寄付によって、石鹸をリサイクルする機械を購入して難民を支援することができ、同時にカンボジアの女性たちが生計を立てることにもつながる。本記事を読んで活動の価値を感じた人は、ぜひ下記のページを覗いてみてはいかがだろうか。

【43万人の難民にリサイクル石けんを届けたい!】

【関連記事】「主役は楽しむ自分たち。だから子どもたちの笑顔は写さなくていい」カンボジアで見た気持ちいい社会貢献のかたち
【参照サイト】Eco-Soap Bank(公式)
【参照サイト】ECONOMIC EMPOWERMENT REPORT 2021
【関連サイト】IMPACT HERO 2022(EARTH COMPANY)
【関連サイト】43万人の難民にリサイクル石けんを届けたい!(クラウドファンディング特設ページ)

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