「愛国者」による統治……香港を「理想のかたちに」作り変えようとする中国
ジョン・サドワース、BBCニュース(中国・北京)
24年近くの間、香港は知らず知らずのうちに政治的実験室となり、この時代の最も決定的な思想分断をめぐる実験の場となっていた。
権威主義と民主主義という全く相容れない2つの価値観を、調和とまではいかなくとも、少なくとも何らかのかたちで互いに折り合いをつけながら、1つの都市の中で共存させることは可能なのか。これが実験のテーマだった。
1997年の中国への香港返還に向けた1984年の英中共同声明は、まさにこのことを念頭に置いていた。
「一国二制度」とは、少なくとも2047年までは香港に言論の自由や独立した裁判所、活気あふれる民主主義の維持を認める一方で、主権国家が厳格な一党独裁を維持することを意味する定型句だ。
議事進行がすべてあらかじめ決められている、予定調和的な中国の全国人民代表大会(全人代=国会に相当)で11日、香港の政治制度に抜本的な変更を加えることが、いつもどおり全会一致で可決された。注視していた大勢にとって、香港での実験がはかなく消えた瞬間となった。
中国がたびたび指摘するように、香港の植民地時代の支配者たちは香港市民に民主的な発言権をなかなか与えようとしなかった。
1950年代に中国から、香港に自治を導入すれば侵略するという警告を受けていたこともあり、ためらう理由がそれなりにあったのかもしれない。
それでも、中国に返還された香港には、普通選挙に関しては民主制が不十分ではあるものの、規制に縛られない資本主義経済や自由貿易港としての地位の本質的な部分である、深く根付いた自由は残っていた。
「私たちは1度も民主主義を獲得したことはないが」と、民主党の元広報担当の劉慧卿(エミリー・ラウ)氏は切り出し、「皮肉なことに、私たちが何十年にもわたって享受してきた自由や個人の安全、法の支配のレベルは、定期的に選挙を実施している一部の国よりもはるかに高い」と私たちに語った。
こうした伝統は、中国大陸の政界の支配者による統治システムとは全く対照的だ。そして、この緊張関係が「二制度」の意味をめぐる争いの核心となっている。
転換点
中国は、中英共同声明の精神を具現化した、香港の憲法ともいえる「香港特別行政区基本法」を守ろうとしてきたと主張している。
そして、香港トップの行政長官を選出するため普通選挙を実施すると定めた第45条を、香港特別行政区基本法に加えようともしたと主張する。
この計画は、行政長官の候補者選びの仕組みをめぐり勃発した2014年の「雨傘運動」の影響で頓挫(とんざ)した。
中国が国家安全維持法(国安法、2020年6月施行)を制定しようとしたことをめぐっても、香港で抗議活動が起きた。基本法には治安維持の法律整備も定められている。
結局のところ、行き詰まりの原因は制度上の問題よりも根深い不信感だ。
ほとんどの国には国家安全保障法があるし、あらゆる民主制度はなんらかのかたちで不完全だ。しかし、台頭してきた権威主義的な超大国がこうした制度を監視しているケースはほとんどない。
そして窮地に陥った香港の民主化運動は、中国政府に反発しようとするたびに以前よりも不利な状況に陥いっている。これが、香港の民主化運動の悲劇だ。
転換点となったのは、犯罪容疑者の中国大陸への引き渡しを可能にする2019年の「逃亡犯条例」改定案をめぐる、大規模で時には暴力的な抗議活動だった。
この騒動は中国政府が国安法を成立させるのに必要な口実を与えることとなり、同法の施行で一夜にして、抗議活動に対して萎縮効果をもたらした。
同法は中国からの「分離独立」、中央政府の「転覆」、外国勢力との「結託」など、曖昧で広範な犯罪行為を定めており、中国大陸への身柄引き渡しの可能性があることが主要な特徴だ。
重大事件の場合は中国大陸へ引き渡され、香港政府が正式に撤回した「逃亡犯条例」改定案が適用された場合よりもはるかに外部からの目が行き届かない状況で裁判を受ける可能性がある。
1月6日早朝に行われた最大規模の取り締まりでは民主活動家や政治家55人が国安法違反容疑で逮捕された。このうち47人は「国家転覆罪」で起訴された。
今や香港では、抗議の横断幕を掲げたり、Tシャツを着用するだけで拘束される可能性がある。
2020年9月に予定されていた香港立法会選挙に先立ち、民主派は立法会での過半数獲得の可能性を高めるため、非公式の予備選を実施。この戦術はほぼ成功したように見えた。
2019年11月の区議会選挙では民主派が大きく議席を伸ばし、地すべり的勝利を上げた。区議会選挙は香港で唯一の民主的な選挙だ。民主派への深い支持を示したこの選挙結果に、中央政府はひどく動揺しただろう。
ところが立法会選挙に向けた非公式の予備選計画は裏目に出た。立法会選挙は、表向きは新型コロナウイルスを理由に中止された。そして今や、中国は全人代で承認された香港の選挙制度改革に着手し、民主派が過半数を獲得する可能性は完全に消え去ってしまった。
劉慧卿氏は、中国による香港の選挙制度改革は、中国政府に忠実なスタッフで構成された委員会が、全ての候補者を審査して「愛国者」であるかを確認するものだと確信している。
「(中国側)が有権者の選挙権を実質的に剥奪し、私の政党やほかの民主派の人々が独立して自由に選挙に参加できない制度を香港に強制するつもりなら、一国二制度はおしまいだ」
民主主義が屈する
香港の親中派の政治家たちでさえ、何かの根本的な変化があったと考えているようだ。
親中派「新民党」創設者で立法会議員の葉劉淑儀(レジーナ・イップ)議員は、行政長官の諮問機関、行政会議のメンバーでもある。
葉劉氏は一国二制度は終わっていないと主張する一方で、もはや民主主義を与えることを目的としているのかどうか確信が持てない様子だ。
「中国政府は欧米の思想家が提唱するような、知識が豊富で情報量の多い人たちによる統治、つまりエピストクラシーのような代替制度への移行を模索しているかもしれない」
このような制度はかなり非民主的に聞こえると、私は指摘してみた。
すると、「良い結果をもたらせないなら、民主的な制度に本質的な価値はない」と葉劉氏は答えた。
「私たちは23年間、民主主義を実現できるか試してきたが、その結果は決して満足のいくものではない。様々な点でうまくいっていない」
中国国営メディアは、一国二制度は政治的な二制度の維持ではなく、2つの異なる経済制度を維持するのに必要だと主張する。一国二制度の条件を覆そうとしているようだ。
中国への香港返還を定めた英中共同声明に署名したイギリス人は、中国が近代化し、自国の内部改革を行い、政治的に香港に近づくにつれて、引き渡し協定の核心にある根本的矛盾が解決されると、かつては期待していたのかもしれない。
もしそうだとすれば、それは希望的観測にすぎず、中国が香港返還についてイギリスと合意を結んだ頃よりもほぼ間違いなく、さらに権威主義的になっていると言える。
「中国の不可欠な一部として、中国の安全保障を損なうわけにはいかない」と葉劉氏は話す。「現行の制度が持続可能であると中国政府が思わない限り、2047年なるよりも前に香港を再統一するという選択肢が出てくるだろう」。
変わりつつあるのは香港だ。相容れない2つの価値観をめぐる長い争いの中で、最終的に屈しつつあるのは民主主義だと言える。
民主党で議長を務めた劉氏は、海外メディアでの発言にさえリスクがあると承知しているという。
「もちろんリスクはある」、「しかし率直に言うと、私は自分が国安法に違反しているとは考えていない」と劉氏は話した。
「ですが、私がそう言っているだけで(中略)もし彼ら(中国側)が私は違反しているんだと言えばそれまでだ。このインタビューの後に、誰かが私の家のドアをノックするかもしれない」