ワクチン完成には早くても12~18カ月、全研究者の協力が必要。ワクチン開発第1人者が語る

辻さん

辻守哉コロンビア大医学部感染症内科学教授。1958年東京生まれ。慈恵医大、東京大大学院修了。ニューヨーク大医学部、ロックフェラー大アーロン・ダイヤモンド・エイズ研究所を経て現職。

撮影:柏原雅弘

アメリカでは、新型コロナウイルスの拡大が止まる兆しがない。

アメリカ経済牽引の地であるニューヨークやシリコンバレーなどでは外出禁止令が発令。ニューヨークでは公立校は休校、食品店とドラッグストア以外は営業中止と、新型コロナウイルス拡大=景気停滞へまっしぐらという状況だ。

その中で、カリフォルニア州にあるバイオテック企業などでワクチンの開発が始まっているが、ニューヨークでも、「人類のために」とワクチン開発着手を検討している日本人がいる。

コロンビア大医学部感染症内科学の辻守哉教授だ。辻氏に新型コロナウイルスと、ワクチン開発のプロセスについて聞いてみた。

ニューヨーク市でも1~10%が感染している可能性

NYSE

ニューヨーク証券取引所では、入館者全員に体温測定を実施(2020年3月17日撮影)。

REUTERS/Lucas Jackson

——新型コロナウイルスには、どんな特徴がありますか。

新型コロナウイルスは、インフルエンザ、HIV、SARSなどの親戚のようなものですが、潜伏期間が長いために感染してもわからないことがあります。ところが免疫が下がった人、つまり高齢者や喘息など慢性的に呼吸器系の病気があると、急激に症状が悪化する、つまり「タチが悪い」ウイルスです。

ですから、ここニューヨーク市でも既に1〜10%ぐらいの人がかかっている可能性もあると思います(3月14日現在)。物質の表面である一定期間生き残るほか、空気感染する可能性も否定できません。

新型コロナウイルスに感染して平気な健康な人は大勢います。高齢者などが死亡する理由で今わかってきていることは、普段は肺で病原菌を攻撃するマクロファージという免疫細胞が、コロナウイルスによって逆に炎症を引き起こし、肺に強い炎症とダメージをおこして命にかかわる、ということです。

——このパンデミックはどのぐらいで収まると思いますか。

4月かもしれないし、1年後かもしれません。ウイルスのDNAも変異していくので、中国・武漢からのものが少しずつ変わって、もっと病毒性が強いものになり、インフルエンザみたいな高熱や咳につながっている可能性も否定できません。

ワクチン完成には早くても12~18カ月

ワクチン研究課程

辻教授はワクチンの開発には早くても12~18カ月かかるという(写真はイメージです)。

REUTERS/Andreas Gebert

——治療薬の開発にはどんな過程が必要ですか。

まずは抑制剤の開発です。

ここコロンビア大学医療センターも薬のスクリーニングという過程に着手しています。新型コロナウイルスに似たウイルスを作製し、それを使って市販のインフルエンザ、SARS、HIVなどの抑制剤が効くかどうか調べていきます。

最初の2、3カ月で1000から多くて5000種類の物質をスクリーニングして、ある程度効果が出たものが見つかれば、それと類似した抑制物質をさらに作り、最終的には5万種ぐらいをスクリーニングして、ウイルスの増殖をもっと強く抑える薬の発見に、さらに3〜6カ月かけます。

もう1つは、抗体で新型コロナウイルスを中和するものができればいいのですが、例えばデング熱など、抗体が逆に病気を悪くさせてしまうケースもあり、新型コロナウイルスがそういうケースなのかはまだわかりません。この点注意深く検証を進めていく必要があります。

最後にワクチンです。

——新型コロナウイルスのワクチン開発を検討されていると聞きました。

私の専門は、T細胞という免疫の一部を担う細胞の研究で、これを使ったワクチンの開発に向けて研究助成金を得るためのデータ集めに着手しようと考えています。そのために普通のマウスではなく、T細胞を含むヒトの免疫系を持ったいわゆる「ヒト免疫化マウス」を使う予定です。

私はマウス体内にある免疫系のほとんど(95%以上)がヒト由来の免疫系で構築される、世界でもトップレベルの「ヒト免疫化マウス」の作製に成功しました。このマウスでワクチンの開発と試験を、と考えています。今までこのヒト免疫化マウスを使って応募したマラリアのワクチンと、乳がんのワクチン、並びに免疫療法の研究開発で助成金をもらっています。

マウス

辻教授が開発したヒト免疫化マウス。

辻教授提供

私のもう1つの研究の目玉は、10年ほど前に前述のT細胞を選択的に強く増強させるような糖脂質からなる物質を発見した事です。この免疫を増強する糖脂質をアジュバント、ワクチン補強材とも呼ばれる、ワクチンと一緒に注射することで効果を増強するものを、ワクチンと一緒に使おうと考えています。

——ワクチンができるまで、どのくらいかかりますか。

早くても12〜18カ月でしょう。

「全研究者が協力し合い、一刻も早くワクチンを」

辻さん2

撮影:柏原雅弘

——新型コロナウイルスの拡大で、研究への影響は出ていますか。

コロンビア大学には2020年1月に移りましたが、以前私の研究所が所属していたロックフェラー大学の動物施設から私のヒト免疫化マウスは現在移動中(検疫中)です。

ニューヨーク州の緊急事態宣言でコロンビア大学でマウスの世話をする職員の半数が自宅待機になり、各研究者にマウスの数を最小限に減らすように、という指示がありました。従って、ヒト免疫化マウスがコロンビア大学に到着してからも、大量生産にはかなり時間がかかる。おそらく半年以上かかるでしょう。

他にも、新型コロナウイルスの検査や研究をするためのRT-PCRをする医療機械が、政府が買い占めているせいか、大学の研究機関で働いている我々には今、ほとんど手に入らないことです。

——なぜ、過去30年間もワクチンを手掛けてこられたのでしょうか。

私はもともと免疫学に非常に興味があって医学部卒業後すぐに大学院で免疫学、特にT細胞を中心とする細胞免疫学を専攻しました。

その後ニューヨークに渡り、この細胞免疫学を何か人助けに応用できないかと思い、マラリアワクチンの研究に没頭してきました。先進国の人は誰も注意を払っていませんが、アフリカなどでは今でも新生児を中心として毎年40万人がマラリアで亡くなっています。つまり、何も罪のないアフリカの子ども達の大切な命が70~80秒に1人のペースで奪われているのです。

2020年に入り、新型コロナウイルスが世界中で脅威として騒がれています。特にシングルマザーの人たちは大変な困難に直面しています。

大学や公立、私立の研究機関や製薬会社を問わず、全研究者が個人の名誉や金儲けなどを差し置いて協力し合うことで、人類のために一刻も早く新型コロナウイルスのワクチンを作ってほしい、というのが私個人の切実な思いです。

(文・津山恵子)

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