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嫦娥、月に上る

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天におわす、万物を司る至高の神、天帝には10人の天子がおりました。

長じるにつれ、血気盛んな天子たちは手のつけられないいたずら者になり、この頃では太陽に姿を変え、空を遊び場にするようになりました。

10個の太陽が毎日ギラギラと地上を照らすと、たちまち土は乾き、川は干上がり、植物は枯れ、魚は死に絶え、鳥は落ち、食べものも飲み水もなくなりました。

農民たちは10個の太陽を見て恐れおののき、ただ嘆くばかりです。

そこへ突然、1人の若者が降り立ちました。

若者は名前を后羿ホゥイといい、弓の名人で、天上界で最も勇敢な英雄でした。天子たちを天上界に連れ戻すべく、天帝の命を受けて、愛する妻である天女、嫦娥を伴って地上に遣わされたのです。

后羿は弓を構え、

「早くここを立ち去らないと、射抜いてしまうぞ!」

と太陽に姿を変えた天子たちを脅かしました。

天子たちは后羿を馬鹿にして、

「やれるもんならやってみな、お前の弓矢が天まで届くものか!」

と笑って聞く耳を持ちません。

このまま太陽たちを遊ばせておいたら、地上の生き物たちはすべて死に絶えてしまうでしょう。

后羿は渾身の力を込めて、弓を引きました。するとどうでしょう、放たれた矢は次第に速度を増しながら三千尺の彼方まで飛び、ひとつ目の太陽のど真ん中を見事に射抜いてしまいました。

太陽たちは驚きあわてて、東へ西へと逃げまどいましたが、后羿は容赦無く矢を放ち、次々と太陽を射抜きます。

辛うじて一人だけ残った太陽は恐れをなして縮こまり、すっかり大人しくなりました。

太陽が一つだけになった地上には再び泉が湧き出て、花が咲き乱れ、川が流れて、土も潤いを取り戻しました。農民たちは后羿の周囲に集まり、口々に勇敢な英雄の偉業を称えました。

ところが、太陽になった天子たちをやむなく射ち落としてしまった后羿は、父である天帝の逆鱗に触れ、天上界に戻ることが許されなくなってしまったのです。

后羿が伴って来た妻の嫦娥も、天帝の裁きにより神性を奪われ、二人は人間として地上に留まる運命となってしまいました。

そこで后羿と嫦娥は農民たちと共に人里に住むことを決め、その噂を聞いた数多くの若者たちが、二人を慕って国中から集まって来るようになりました。

その中に、極悪なお尋ね者の盗っ人、蓬蒙パンモンが紛れ込んでいました。

潔い后羿は、もはや天上界に戻ろうと望んではいませんでした。ただ唯一不憫でならないのは、愛する妻の嫦娥のことです。

美しく誇り高き天女である嫦娥が、永遠の安穏を約束された天上界を追われ、神性を奪われ、人間となって老いていき、いつかは死を迎えることを思うと、后羿は慚愧の念に耐えられず、悲しみで胸がいっぱいになるばかりでした。

「私はあなたと共にいられればそれでいい。命果てるとも、あなたが側にいてさえくだされば」

嫦娥はそう言って静かに微笑み、悲しみにくれる后羿に身を寄せて、優しく慰めるのでした。

ある日のこと、悩み抜いた后羿は意を決して、大切な嫦娥を残し、崑崙山の山頂深くにいるという、知をつかさどる女神、西王母の元を訪ねる旅に出ました。

后羿は超人的な意志の力により、噴火する火山を飛び越え、荒れ狂う川の流れに逆って泳ぎ、切り立つ断崖絶壁をよじ登り、艱難辛苦の末、ついに崑崙山の山頂にたどり着きました。

山深く、知の眠りについていた西王母は目を覚まして、后羿の来訪を歓迎しました。この場所にたどり着けるのは神々か、あらゆる困難を克服した真の英雄だけなのですから。

「あなたの望みはなんですか?私の太古の眠りを覚ましたそのわけを聞きましょう。」

后羿は今までのいきさつをすべて西王母に話し、嫦娥への一途な想いを打ち明け、どうすれば良いか教えを乞いたいと願い出ました。

西王母は話を聞いて心を動かされ、后羿に一包みの薬を手渡しました。

「これは不老不死の薬です。一包飲めば一人だけ天上界に戻れます」
「ありがとうございます。それではもう1ついただけないでしょうか?」
「この薬は、この山にしかならない蟠桃という実から作ります。この木には三千年に一度しか花が咲かず、たった一つしか実を結びません。もう一つ薬を作るには、あと三千年待たなければなりません」

西王母は、慈愛に満ちた眼差しを后羿に向けたまま言いました。

「西王母さま。人間界にとって三千年はいささか長く、いま薬包が一つしかないのであれば、私はそれをいただくことは出来ません。私と嫦娥は決して離れ離れにはならないのです」

后羿はそう言って、そっと薬の包みを西王母に返しました。

西王母は微笑み、再び優しく后羿の手を取って言いました。

「受け取りなさい。もし二人で一包を分けて飲むのであれば、天上界には戻れません。しかし不老不死にはなれるでしょう。人間界で末長く、いつまでも2人で幸せにお暮らしなさい」

喜んだ后羿は、薬包を携え、西王母の慈悲に深く感謝しつつ崑崙山を辞したのち、千里も続く山や谷をものともせず、嫦娥の元へと飛んで帰りました。

「この薬を二人で分けて飲んで、私たちは未来永劫喜びも悲しみも人間たちと分かち合い、いつまでも二人でこの地に留まろう」

二人の会話を、弟子に紛れ込んでいた極悪人の蓬蒙が、こっそりと盗み聞きしていました。

后羿は西王母への返礼の儀式を終えたのちに薬を飲もうと決め、すべての弟子と共に、急いで供物を狩りに出かけていきました。

蓬蒙は仮病を使って家に残りました。

嫦娥は大切な薬包を自分の懐の奥深くにしまい、居室で一人不安な面持ちで后羿の帰りを待ちわびておりました。

そこへ時機を得た蓬蒙が、大きな刃を抜いて乱入してきました。

「不老不死の薬を出せ!出さねば汝を犯して殺して、後から探し出し奪うのみ。早く渡せ!手間を掛けさせるな!」

神性を奪われ、今やただの人間の女に過ぎない嫦娥には、蓬蒙から身を守るすべはありません。

自分が死ぬことは覚悟の上ですが、このような下衆の手篭めにされては、死んでも死に切れるものではありません。ましてや蓬蒙が不老不死の薬を飲んで天上人の仲間入りをするような事になったら、天上界のみならずこの世界全てにどのような厄災が起きるか、考えるだけでもおぞましいことです。

勇敢で聡明な嫦娥は、ついに心を決めました。

「わかりました。貞操だけは奪わないで。今すぐ薬を差し上げます。」

「早くしろ!」

嫦娥は懐から不老不死の薬を取り出すや否や、包みを口に放り込み、呑み下しました。気づいた蓬蒙は間髪入れずに太刀を振り下ろしましたが、そこには嫦娥の姿は影も形もありませんでした。

嫦娥は天を翔け上り、あっという間に月にたどり着きました。

「ああ、私は大変なことをしてしまった。これでもう二度と后羿に会うことはできない!」

嫦娥の思いは強く、その姿は月にとどまりました。月は地上に一番近い星。もしかしたらここから下界にいる后羿の姿が見えるかもしれない、と考えたからです。

そんなことが起きているとはつゆ知らない后羿は、たくさんの獲物を携え、喜び勇んで愛する嫦娥の元へ帰ってきました。

しかし家は散々な有り様で、嫦娥の侍女や女中たちが泣き叫んでいます。

茫然自失して天を見上げると、いつの間にか日はとっぷりと暮れ、空には満月が輝いておりました。

そしてなんということでしょう!

目を凝らしてみると夢か幻か、その月影に愛する嫦娥の姿が浮きでてくるではありませんか!

「そうか・・・あなたは月に独り留まってくれているのだね。そこで私を見ていてくれるのだね。」

后羿は男泣きに泣きました。

それからというもの、満月になるたびに后羿は独り縁台に座り、嫦娥の好きだった果物やお菓子を並べて盃を傾け、飽かずに月を眺めるようになりました。

とりわけ中秋の夜には、月がことのほか輝き、嫦娥の姿はより一層白くくっきりと、地上から見ることができました。

「まるで嫦娥が戻ってきたかのようだ。」

后羿を慕う弟子たちや農民たちも、毎年中秋になると皆共に月を眺め、それぞれの家でお供えをして嫦娥を偲びました。

これは昔々、太古の昔のお話です。

そして悠久の時を経て、このお月見の習わしは、中国全土だけではなく、日本にも伝わってきました。

誰かを想うすべての人のために、嫦娥のいる月は、今日も地上を照らし、私たちを優しく見守ってくれているのです。

おしまい

 

中秋月餅は、一緒に食べる人数分に切り分けてこのようにいただきます。

 

大切な誰かと一緒に、同じ月を見ながら、月餅を分け合って食べる幸せは、中秋ならではのものです。
その人がたとえどんなに遠くにいたとしても、想いは空間や時間をも越えて、気ままに夜空を駆け巡ります。

 

月の輝く夜には、様々な奇跡があなたを待っていることでしょう。

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