環境問題の「燃え尽き症候群」どうしたらいい?英国の「元気になる気候コミュニティ」を訪れた

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ロンドンから電車で約30分、南西に移動したところに、ギルフォードという町がある。城を中心に栄えた歴史を持つギルフォードは、小規模ながらも中心部には生活に必要なものが揃い、丘を少し歩くと自然がたくさんある穏やかな雰囲気の場所だ。

ギルフォード中心地の様子

ギルフォード中心地の様子

そんなギルフォードに、2021年「Zero Carbon Guildford(ゼロカーボン・ギルフォード)」というコミュニティスペースが誕生した。ここでは、環境や社会に関するトピックのワークショップが行われたり、カフェや量り売りショップ、コミュニティフリッジ(※)が併設されていたりする。

Zero Carbon Guildfordが英国のメディアでも注目される理由は、その場所が、環境意識の高い人を「疲弊させない」ために作られたからだ。「少しでもポジティブな気持ちでいてほしい」──そう語るボランティアでマネージャーのステフさんに、Zero Carbon Guildfordが設立された経緯や、魅力的なサードプレイスをつくる秘訣、そして今後の展望を聞いた。

ステフさん。Zero Carbon Guildfordのマーケティングも担当。8名のボランティアとともに活動している。

環境や社会のことを考えるあまり、燃え尽きてしまう人々

環境問題や社会問題に向き合っていると、一人では到底対処できない問題の大きさに愕然としてしまうことがある。また、調べものをしたり、書籍や映画を見たりする中で、ショッキングな事実を知ると、気が滅入ってしまったり、怒りが湧き上がったりすることもあるだろう。「気候不安」などの言葉で説明されることが多いこれらの現象。ステフさんも、自身の経験から気候不安の問題にアプローチをすることが大切だと気付いたという。

「環境も社会も大切ですが、まずは自分自身が生きなければなりません。私はアクティビストとして、何度もバーンアウト(燃え尽き症候群)を経験しました。問題について知れば知るほど、『すぐに行動しなければいけない』という気持ちになるんですよね。そして、『始めたことは継続しないといけない』というプレッシャーもあります。だからまず自分をケアしないといけません。私には幸い『あなたが心配』と言ってくれる友人がいました。大きな問題に立ち向かうとき、気にかけてくれる人がいることはこんなにも大事なのかと、そのとき痛感したのです」

また、子どもや孫がいる人は特に「気候不安」に陥りやすい傾向にあるという。

「自分がいなくなったあとの世界に思いを馳せると、気候不安に陥ってしまうケースが多いです。特に、英国では新型コロナのロックダウン中に気候変動のことを考え、精神的な不調を抱えた人が多くいました。そうした問題に立ち向かうため、Zero Carbon Guildfordでは金曜の朝にウェルビーイングのクラスをやっています。個人のウェルビーイングをどうしたら保てるかということは常に念頭においてやっていますね」

人々が「環境に関心を持ちながらも、ポジティブでいられる」空間

そうした「気候不安」に立ち向かうべく、Zero Carbon Guildfordではどのような空間づくりが行われているのだろうか。施設の中にちりばめられたアイデアを、ピックアップして見ていきたい。

「危機」よりも「可能性」を伝える展示

気候変動は私たちの生活に弊害をもたらし、「従来のようにはできないこと」が多くなっていく。しかし、Zero Carbon Guildfordでは、「何ができるか?」ということに焦点が当てられている。例えば、入口すぐのところで訪問者を出迎えてくれるこちらの展示。「使い捨てのプラスチックを減らすためには?」の問いに対して、人々がもっともしっくりくる選択肢に投票できる仕組みになっている。紙でもなく、ピンでもなく、ペットボトルの蓋で投票するのがポイントだ。

投票コーナー

さらに、会場の奥には「ドーナツ経済学」を参考にしたブースがある。ドーナツ経済学とは、地球の限りある自然資源を保ちつつ、人々や社会が生き生きとした状態を作り出すための新たな経済モデルだ。この考え方を使いながら、「ギルフォードの街では何ができるか?」のワークショップが行われたという。

ドーナツ経済学

地域の資源を見直すためのマップ

続いて紹介するのは、この大きなマップ。豊かなギルフォードの自然がどのように管理されているか、そしてそこにどのような生物が暮らしているかを表している。ステフさんによると、「自分が暮らしている場所がこんなに生物多様性に溢れているとは思わなかった」と驚く訪問者もいるという。身の回りに存在する「意外な」自然に気づけるコーナーだ。

生物多様性

地域の資源は、自然環境だけではない。ギルフォードには環境に配慮した店舗もたくさん存在する。コミュニティスペースの中心にある大きなプロジェクターには、「JUMP」というシステムが導入され、例えば「環境にいいご飯が食べられるお店」を一覧で見ることができる。他にも訪問者が気軽にできるアクションが搭載されている。

JUMP

廃棄プラスチックから作られたアート

入口を入って振り向くと、そこには海をモチーフにしたアートがある。実はこのアート、すべて廃棄されるプラスチックから、ギルフォード地元のアーティストが作成したものだ。廃棄されるものを組み合わせ、美しい風景を作り出すクリエイティビティに驚かされるとともに、私たちが日ごろ廃棄するプラスチックの種類の多さにも気付かされる。

プラスチックアート

廃棄予定の食材をみんなで分ける「コミュニティ・フリッジ」

ギルフォードのスーパーやパン屋からは、毎週火曜日と金曜日に廃棄予定(消費期限が近い)食材がZero Carbon Guildfordに運ばれてくる。それらは、「コミュニティ・フリッジ」コーナーに設置され、近隣の人が誰でも無料で持って帰れる仕組みになっている。インフレの影響で生活費の高騰が続く英国。この「コミュニティ・フリッジ」の存在が認知されたことで、生活に余裕のない人もZero Carbon Guildfordに訪れるようになったとステフさんは話す。

コミュニティフリッジ

また、量り売りのお店も併設されており、それぞれの家庭で必要な分だけの食材や日用雑貨を購入することもできる。

量り売りショップ

一休みするついでに、寄付ができるカフェ

展示コーナーを見て回ったら、カフェで一休みすることもできる。コーヒーなどはすべて比較的安価に設定されており、経済的に余裕のある人はそうでない人にコーヒーを寄付できる「pay it forward」方式を採用。会計にオプションを設けることで、より多様な人々がZero Carbon Guildfordを訪れるようになったという。

カフェ

人々の分断を生まずに、気候変動について考える方法

このように、各所にユニークなシステムを取り入れているZero Carbon Guildford。空間を作る上で、またコミュニティを構築する上で、大切にしているのは「分断を生まないこと」だという。

「コミュニケーションに関しては、常に気をつけています。例えば、私はベジタリアンです。それは私自身が環境への影響を考えて選択したことです。でも、ベジタリアンではない人に対して、私が『肉を食べないで』とは言いません。それはその人自身の選択だからです」

「Zero Carbon Guildfordがやりたいことは、『私たちがいまどこにいるかを伝えること』です。そして、『できること』の選択肢を提示して、人々が興味のあるトピックについて話し合える場を構築したいと思っています」

ステフさんたちが会場内の展示の中でも掲げていた「始めるだけですでに十分(starting is already enough)」というテーマ。それは、より多くの人が自分の頭で問題を考えた上で、心地よい選択肢を選び取ることを励ますための考え方でもあった。

偶発的な出会いを祝福する。個人ではなく、コミュニティで気候変動を考える強み

Zero Carbon Guildfordには、多くの出会いがあるとステフさんは話す。そして、その出会いこそが、自分の持続可能性も大切にしながら、気候変動へ立ち向かうための鍵であるという。

「この間、7歳の子どもがZero Carbon Guildfordにやってきました。そして、コミュニティ・フリッジにある廃棄果物と、量り売りコーナーにあるオーツをみて、『さらに食材を長持ちさせるために、これでオーツバーを作るのはどう?』って言ってきたのです。子どもが瞬発的にビジネスアイデアを作ってしまったことにびっくりしました。そして同時に、『小さな子どもにできるなら、自分もできるかも』と思えたのです」

「また、一昨日、家の電気のオフグリッドについて考えている人が私たちのもとに相談に来ました。オフグリッドについては適切なパートナーとなる業者を紹介したのですが、なんとその人、偶然私とカナダで同じ学校に通っていたんですよね。こんなところで再会するなんて、世界は小さいなと実感しました。そういう面白いことがZero Carbon Guildfordでは日々起きます。そうした出会いが『また明日もここに来たいな』と思わせてくれるのです」

コミュニケーションには時間がかかり、問題解決には遠回りのことのようにも思える。しかし、自分自身が持続可能でいるためには、解決が困難で、時間のかかる問題に立ち向かうときこそ、小さな心配事を気軽に話せる相手が身近にいるということが、大事になってくるのかもしれない。

編集後記

環境問題や社会問題について知り、何かできることからやってみようと思ったものの、街中のごみの多さを目の当たりにして気が遠くなる……このような経験をした人は多いのではないだろうか。そして問題を認知していない人や行動に移さない人に対して、腹を立ててしまったこともあるかもしれない。

そうした状況に置かれたとき、私たちは「私一人が行動したところで、もうどうにもならないからいいや」とヤケになることもできる。行動していない人を見つけて、攻撃することもできるだろう。しかし、それは私たち自身の精神のサステナビリティを損ねることにもつながりかねない。

ヤケになるのではなく、攻撃的にもならない。ここであえて「対話」を選択したZero Carbon Guildfordの方法は、今後色々な団体の活動で参考にされていくのではないだろうか。背伸びせずに、気になるトピックを、まずは友人や家族と話し合ってみよう──ステフさんの話を聞き、朗らかな気持ちになった取材だった。

(※)スーパーなどで廃棄される食材を無料で配布する取り組み
【参考文献】Zero Carbon Guildford
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