シングルマザー・ひとり親の「生活を支えるまちづくり」は急務となっています。一昨年、当協議会が主催したセミナー「ひとり親家庭と生涯活躍のまちづくり」(内容は弊誌第3号に掲載)において、NPO法人しんぐるまざあずふぉーらむの赤石千衣子理事長とともに講演してくださった、現追手門学院大学地域創造学部准教授の葛西リサ先生は、「シングルマザーが移住したら終わりではありません。移住後の生活を支えるまちづくりをしていくことが必要です」と語ってくださいました。当時はシングルマザーの地方移住における課題がテーマでしたが、コロナ禍の現在、必要なことは何か、地域で何ができるのか。住宅政策の研究者の立場から、葛西先生にお聞きしました。

(くずにし・りさ)追手門学院大学地域創造学部准教授。研究テーマは住宅政策、居住福祉、家族と住まい。主な著書に『母子世帯の居住貧困』(日本経済評論社)、『住まい+ケアを考える〜シングルマザー向けシェアハウスの多様なカタチ〜』(人と住まい文庫)等がある。

■「住まい」の比重が重くのしかかるシングルマザー

——葛西先生は長年、シングルマザーと住まいについて研究され、実際に支援活動も行われています。どうしてこのテーマに取り組み始めたのですか?

 じつは、修士論文を早く仕上げたい一心で、指導教官からアドバイスされたテーマに飛びついたというのが正直なところです。指導教官が、海外から持ち帰った学会論文集のひとつのセクションに、女性と住まいがテーマになったものがありました。
 夫が働きに出て、妻は専業主婦もしくはパートというモデルが浸透する国では、住宅の所有者はたいてい男性です。離婚となれば、女性は必ず不利になる。なのに、わが国で女性と住まい、もっといえば、シングルマザーの住まいに関する研究蓄積がないのはなぜだろうというところがスタートでした。その後、先行研究がないことはもちろん、データの不備に悩まされつつも、その解明にハマっていったというのが実際のところです。

——日本はシングルマザーの就業率が高く、母子世帯のうち母親の82%が働いているにもかかわらず、日本のひとり親家庭の相対的貧困率は51%と世界の先進国のなかで一番高い。

 2016年の厚生労働省の調査によると、ひとり親になる前に就労している方は75%を超えています。よって、専業主婦、無職だった方は25%程度。しかし、問題はその就労の形態です。パートやアルバイトが圧倒的に多いのです。そういった女性たちが離婚後に、すぐに安定した職につけるかというと非常に厳しい。日々、生活に追われ、キャリアアップも図れず、複数のパートを掛け持ちして生計を立てているという方が多いのではないでしょうか。平均収入(年収)は手当を含めて243万円、児童のいる一般世帯の約3分の1程度(厚生労働省「平成28年度全国ひとり親世帯等調査」より)です。ここから家賃や教育費を支払うと、ほとんど手元に残らないでしょう。

——研究の一環としてシングルマザー向けシェアハウスに関する調査もなさっておられます。

 シングルマザーのシェアハウスは2008年ごろから開設されはじめ、2020年の段階で閉鎖したものも含めて40カ所ほど存在すると推定されます。ハウス運営者のほとんどが、民間の企業、うち多くが不動産関連事業者です。この事例に出会った当初、非常に衝撃を受けました。私が研究をスタートした約20年前には、不動産業者は支払い能力の低いシングルマザーを排除する傾向にあったからです。
 なぜ状況が一変したのか。それは空き家の増加です。世帯数も人口も減少するのに、住宅開発は続いている。住宅は過剰供給状態ですから、空室は簡単には埋まりません。そこで事業者らは、これまで市場から排除してきた対象を包摂せざるを得なくなってきた。そのターゲットになったのが、子どもの貧困でも注目されたシングルマザーだったというわけです。

韓国における専門家と一緒に共同研究を進めている

 複合ビルのワンフロア、2世帯住宅、メゾネット式のオーナーズルーム。景気のいい時期には引く手あまただった物件も借り手がつかない。それならばと、分割して複数の店子を入れて採算がとれるような事業モデルに至ったわけです。とくに、シングルマザーは仕事と育児の両立に困っています。シングルマザーを集め、共に助け合ってもらえば、格安のケア付き住宅になるという発想ですね。
 他人が共に暮らすわけですから、人間関係のいざこざも日常です。事業者らは、そういった経験からルールやマニュアルを作って、運営を円滑にしようと日々努力されています。

——一昨年のセミナーで先生は、ひとり親世帯向けのシェアハウスで事業者が有料職業紹介の資格も取得し、仕事の斡旋もしようとしているケースをご紹介されていました。シングルマザーの生活を支えるような動きもあるのでしょうか。

 就労をセットに提供するという事業者さんも登場しています。事業者さんの多くは、シェアハウスを開設した当初、住まいの相談に訪れるお母さんたちはすでに就職していると想定していたようです。しかし実際は相談者の多くが無職だったり、就労が不安定だったと。実は、シングルマザーが住まいを探すのは、離婚成立前が非常に多いのです。住まいが確保できたら、離婚に踏み切ろう、住所が定まれば、子どもの保育所を決め、そして、安定した就職先を確保しようと考えている人がとても多い。
 しかし実際はそう甘くありません。無職の場合、不動産業者は住まいを貸してくれませんし、保育所にも入りにくい。また、住所も保育所も決まっていない人を企業は雇い入れません。こういった状況ですから、どこから手をつけていいかわからず、自活が遅れるというケースが多いのです。
 シェアハウスの事業者さんたちは、そういった実情を目の当たりにして、就労をセットであるいは保育をセットで提供すれば、自立がスムーズにいくだろうと考えて、いろんなサービスを提案してきています。
 有料職業紹介の事業とコンバインさせているケースもあれば、関連会社で働く場を提供するというところもあります。最近では、人手不足に悩む、介護事業所が自らシェハウスを開設した事例も登場しています。

■「Stay Home」の「Home」を失わないために

——コロナ禍でシングルマザーの方々の多くはとても厳しい状況に置かれています。お母さんが感染してしまった場合、お子さんを誰がケアするのか、という問題がメディアで取り上げられてもいますが、具体的にどのような支援が必要だと思われますか。

 確かに、これは、本当に大変な問題です。シングルマザーに限らず、お子さんをおもちのご家庭は多くが家族内感染の恐怖におびえていると思います。いまのところ、家族で感染した場合は、親が軽度の場合には、自宅待機やともに病院へというケースもあるようです。また、他に頼る先がない方などは、子どもを児童相談所などの一時保護施設へという対応をされているようです。シングルマザーのお母さんからは、本意ではないにもかかわらず、生活のために働くほかないという声も聞かれます。感染リスクが高い環境での子育ては本当に不安だと思います。やはり感染リスクを軽減できるように、経済保障を充実していただきたいです。

——休業要請などの影響でシングルマザーの方が仕事を失ってしまうと、政府や自治体が呼び掛ける「Stay Home」どころか、その根本の「Home」を失ってしまうかもしれません。それに対して独自の支援策を行っている自治体もあるようですが。

 厚労省の調査では、シングルマザーの約半分が賃貸住宅に暮らしており、3割強が民間の賃貸住宅に依存しています。平時であっても、私が実施した調査では、その住居費負担は家計の35%程度と非常に高いのです(葛西リサ『母子世帯の居住貧困』日本経済評論社)。それが、今回の新型コロナウイルスの影響で収入が減り、負担はさらに上がることが想定されます。また、貯蓄もない方がほとんどだと推測されますので、家賃の滞納等で住まいを失う危険リスクは非常に高いと考えられます。 公的住宅であれば、緊急時でも何らかの措置が受けられる可能性もありますが、民間の賃貸住宅についてはそうはいきません。国は、生活保護の柔軟な活用や、生活困窮者自立支援法に位置づく住居確保給付金の対象拡大等を行うことで、住まい喪失のリスクに対峙しようとしています。

同国でもシングルマザーと住まいは大きな課題だという

 地方自治体では明石市(兵庫県)が、早々にひとり親への現金給付を決めましたし、四日市市(三重県)や市原市(千葉県)、松戸市(千葉県)なども、緊急支援給付金の支給を宣言しています。こういった事態では、やはり早急な現金給付が効果的だと思います。
 子どもを抱え、住まいを失うという恐怖を誰にも経験させてはいけません。支援する側にとっても、住宅を喪失する一歩手前の支援より、喪失してしまってからの支援の方が、お金も労力も何倍もかかるのですから。

——私たちが進めている生涯活躍のまちは、誰にでも「居場所と役割」があるまちづくりを掲げておりますが、新型コロナウイルス対策の厳しいところは、感染防止のために「集まらない」を基本としている点です。シングルマザーの方々への支援やお互いの支え合いはどのような形で行われているのでしょうか。

 住まいの相談分野も含め、支援者の方たちのお話を聞くと、新型コロナウイルス感染拡大以前よりシングルマザーの相談対応はオンラインツールが積極的に活用されてきたという背景があります。また、SNSなどのグループ等でも、新型コロナウイルス対策に関する相談やエピソードを話し合って、情報を交換しているというようなケースもあります。
 しかし、問題視すべきは、そういったところにも声を上げられず、孤立してしまっている当事者の存在だと思います。とくに閉鎖空間に留め置かれた自粛ムードのなかでは、情報弱者は正しい選択ができずに、苦悩しているであろうことが容易に予測されます。そういった層は、平時でも同様に孤立している可能性が非常に高い。緊急時にはそれがより露呈されるというのがいまの状況でしょうか。ですので、やはり、平時より誰もが孤立しない地域、まちづくりを意識しておくことが重要かと思います。

——現状、シングルマザーの方々のために自治体ができること、事業者ができること、あるいは両者に望むことなどをお教えください。

 私は住宅政策の研究者ですので、その側面から申し上げますと、今回の新型コロナウイルスで住宅政策の弱い面が一気に露呈したと感じています。公的な住宅政策が充実していれば、さしあたり、生活のベースとなる住まいを喪失するという問題は回避できたわけです。今回の緊急事態宣言では、やはり経済弱者に大きなしわ寄せがきています。
 緊急的には早期の手厚い現金給付、長期的視座では、場当たり的な対策にとどまらず、いつ何時も、誰もが安心して生活できる基盤としての住宅を整備する。そして誰も取りこぼさない、孤立させないまちづくりを本気でやっていく。これに尽きるのではないでしょうか。

(聞き手 芳地 隆之)

『母子世帯の居住貧困』(葛西リサ著 日本経済評論社) 母子世帯を取り巻く制度状況を整理しつつ、住まいに困窮するシングルマザーの方々の実情を詳細に調査。母子施策の再構築に向けて、どのような可能性があるのかを提示している。