荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『犯罪王ディリンジャー』 マックス・ノセック

2010-12-14 03:36:38 | 映画
 一映画ファンのひとつの夢が叶った、などと言ったらすこし大袈裟だろうか。いや、こういう出会いが残されているのだから、人にはまだ生きている価値があるのである。私はたった今、モノグラム社製B級ノワールの傑作誉れ高い『犯罪王ディリンジャー』(1945)を、WOWOWの放映でついに見ることができた。脚本にフィリップ・ヨーダンが名をつらねる。この名を聞いて、心が動かされずにはいられない映画ファンも少なくないはずである(ウィリアム・キャッスルは脚本にクレジットされていない)。
 本作と同じく銀行強盗ジョン・ディリンジャーを扱った去年の『パブリック・エネミーズ』などというのは、マイケル・マンを以てしても欠伸をもよおす作品だった。だがこの『犯罪王ディリンジャー』は、まったくモノがちがう。欠伸などしている暇はないどころか、まばたきするのも惜しまれる。

 第二帝政下のドイツに生まれて、ヴァイマール共和国で青春を過ごし、ナチスの政権奪取を受け故郷を逃れ、ポルトガル、スペイン、フランスと流浪しつつ当該地でチョボチョボと作品を撮り続けたのち、ハリウッドの裏街道にあるB級専門のモノグラム社に辿り着いた映画監督マックス・ノセック(1902-1972)。この名手によって異常なまでに鮮やかに演出された本作については、そのあまりの素早さゆえに、今はまだ、なんと形容してよいのか、私には分からない。
 上映時間71分。全米一有名なギャングの奇想天外な一生が、たった71分で、鮮やか過ぎる手さばきで、あれよあれよという間に語られきってしまう。この作品を見ながら考えたことは、「人間の一生というのは、なんと短く、か細く、呆気ないものなのか」ということだ。情婦と飲みながら、飲み代を払うために隣のタバコ屋でホールドアップ。刑務所に入って、仲間を脱獄させてバン。大陸中を強盗しまくってバンバン。裏切った仲間に復讐してバンバンバン。最後に、彼を狙い撃ちした刑事たちの弾丸がバンバンバンバン。呆気ないものである。

 マックス・ノセックのフィルモグラフィを眺めてみると、本作の10年後、いきなり作品名が英語からドイツ語に変化してしまう。地味にエロ映画を撮らされている身の上に見切りをつけて、故郷のヨーロッパに帰ったものと思われる。1972年、西独のバイエルン州。すでにヴェンダースやファスビンダーら、有望な新人の活躍が本格化しているこの州において、70歳で息を引き取っている。この人の映画作家としての全貌が開陳される時代は、これからはたして来るのだろうか。


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