1. 文学史上の有名作品から言語史研究の方向に導かれてゆく〔国語学〕研究者がかなり多かったことは事実である。きわめて俗なことをいえば、文学青年がみずからの才幹のとぼしさに気づいたとき、また文学創作における一種のむなしさに想到したとき、またなお、文学周辺に恋々として未練の情をすてきれないとき、一転してことば〔ことばに傍点〕をもてあそぶことに甘んずるような、一つの因習があったといってよいかもしれぬ。国文学科という名の、大学の文学部の一学科のなかに、国語学専攻なる一分派がみとめられているのは、あるいは、そのような志うすき人びとを救済する、待避壕のごとき役割をみとめるためかもしれない。

    — 山田俊雄(1976/2008)「文献学の方法」亀井・大藤・山田編『日本語の歴史』別巻「言語史研究入門」。pp. 369f